「噛み合わない、不動産会社との会話」

杉田浩一さん(仮名・37歳)は都内の企業に働くエンジニアである。3歳下の妻、小学校に通う長男、保育園に通う次男との4人家族だ。奥さんも日中はフルタイムで働く共働き世帯。子供も大きくなり、そろそろマイホームを購入することを考え始めた。

小学生の長男の学区域内での家探しを希望するが、その地域は都内でも人気の沿線で、地価も高く、新築には手が届かない。更に夫・浩一さんの職業の影響もあり、いわゆる平均的な間取りである分譲住宅にはどうしても興味が湧かず、おしゃれにリノベーションされた部屋を希望していた。

物件を探し始めてすぐ、二人は住んでいる駅前にある有名な不動産会社を訪れた。そして、希望の条件を伝えるものの、どうも話が噛み合っていないことに気づく。なぜか、新築ばかりを紹介してくるのだ。

実は、不動産会社にとっては新築住宅を紹介したい理由がある。

新築住宅を紹介すると、「仲介会社」である不動産会社は、売主である分譲会社から販売手数料(仲介手数料)がもらえる。また、この杉田さんのケースでは、杉田さんは買主の立場として仲介手数料を支払うので、間に入る不動産会社(仲介会社)からすると、売主・買主の両方から手数料がもらえるという、とても旨味の多い契約となるからだ(これを「両手仲介」と呼ぶ)。

リノベ物件との出会い

そんなこともあり、ならば自分たちで物件を探そうと杉田さん夫妻は考えるようになった。日々ネットで物件を検索しているなか、ふと綺麗にリノベーションされたマンションばかりが掲載されているサイトを見つけた。そしてすぐにそのサイトに会員登録。二人は仕事から帰宅し、子供を寝かしつけた後にこのサイトを毎日のように見ては、夢を語り合うようになった。

共働きでもあり、予算は6000万円までは大丈夫だろうと考えていた。しかし、それでもエリアを限定していることもあり、なかなか良い物件には出会えなかった。

そんなある日、運命的な物件を見つける。

希望の沿線そして駅からも徒歩10分ほどの築20年の中古マンションが売りに出されたのである。それも、理想に近そうな綺麗にリノベーションされた物件だ。価格は6300万円と、当初の予算から300万円ほどオーバーしているが、長期で組むローンならば何とかなる。そんな思いで内覧の予約を入れた。

実際に物件を見てみると、エンジニアの浩一さんが満足できるレベルのリノベーションが施されている。奥さんの希望する日当たりについても、角部屋でとても明るく問題ない。

この物件を逃すと他に良い物件がいつ出てくるかわからない。すぐに購入の申し込みを行った。

そして数日後にめでたく契約をし、夢のマイホームを手に入れることができた。もちろん、ここまではある意味、理想の形だ。しかし、本当にそう言えるのだろうか。ここからは不動産会社しか知らない裏話が存在する。

実はこのご夫婦、もう少しうまくやれば、同じ物件を1000万円ほども安く買うことができたのだ。裏を返せば、6300万円での購入は「超割高」の物件をつかまされていたことを意味する。いったいどういうことなのか。

「リノベ済み物件の正体は?」

そもそもこの物件がなぜ綺麗にリノベーションされて売りに出されていたのか? 住んでいた旧所有者がお金をかけてリノベーションして売却したのだろうか?

実は、こうした物件は不動産会社が一度旧所有者から下取り(買取り)して、リノベーションしてから再度販売する。いわゆる「買取再販物件」と言われるものだ。旧所有者が、何かしらの理由で——例えば早急に現金化しなければならなかったり、忙しくて売却活動に時間を割けない場合や、他人に知られないように売却をしたい場合など、不動産業者が一旦そうした物件を買うことがある。

そうして買取された物件は、不動産会社によってリノベーションされ、様々な経費をかけ、ビジネスである以上は当然ながらそこに利益も上乗せされて市場に出てくることになる。

このような「リノベ済み物件」は、国内で売買される中古住宅の内、約2割強と推察される。逆に言えば、ほとんどの中古住宅は個人と個人との間で売買がされているということだ。

購入する側からすれば、「リノベ済み物件」は綺麗にリノベーションされていて、中古住宅にありがちな生活感がなく、人が使っていたものへ嫌悪感を持つ方にとっては、とても購入しやすいというメリットがある。

しかし、この「リノベ済み物件」も、先に書いた新築住宅の「両手仲介」と同様に、仲介をした不動産会社(仲介会社)が、売主である不動産会社から販売手数料(仲介手数料)がもらえ、杉田さんも仲介手数料を支払っている。仲介会社からすると、売主・買主の両方から手数料をもらえたおいしい取引だったということだ。

実は、半年以上前に販売されていた

杉田さんの購入したこのマンションは、実は遡ること半年以上前に、すでに販売されていた。それも、杉田さんが購入したよりも1500万円ほど安い価格で。

詳しく説明すると、このマンションは当初5000万円ほどで、旧所有者がまだ生活している状況で販売活動が行なわれていた。居住中なので、当然リノベーションなどされていない、いわゆる生活感むき出しの状態。この段階でもお客さんは何人も見に来ており、実際に購入検討した人もいたようだ。

しかし、旧所有者は夫婦ともにヘビースモーカーであったため、部屋の匂いや壁紙などのヤニの汚れなどもあり、見学者は購入後のポジティブなイメージを描きにくい。このように、お世辞にも綺麗ではない状態で販売に出される物件はとても多く、不動産会社も何とか買ってもらうために「リノベーションをすれば綺麗になる」とか「その分お得です」という具合にアドバイすることもある。しかし、専門家でもない一般の人がそのような未来を想像することは容易ではない。

物件の旧所有者に話を戻せば、この夫婦は、買い替え先の物件を既に購入していたため、ある期日までにこのマンションが売れないと買い替え先の物件へのお金が支払えないくなり、とても困るという状況だった。

しかしなかなか物件が売れず、価格もとうとう4800万円まで下げるに至るも、時間がなくなり不動産会社に下取ってもらうことを決断した。

最終的に、不動産会社が下取りした金額は4700万円ほど。

この金額を見て、勘の良い方はお分かりになるだろう。

「もっと早く紹介してくれれば…」

杉田さんが購入した金額は6300万円。そして、その売主である不動産会社の下取り価格は4700万円だ。

この差は一体なんだろうか? もちろん、不動産会社はビジネスとしてこの物件を購入しているので、そこには利益が含まれているのは当然のことだろう。

しかしもちろん、1600万円の全てがこの不動産会社の利益というわけではない。

通常、こういう下取りした物件を「買取再販売物件」として売却するにあたっては、不動産会社が負担する様々な経費がある。

一番大きいのは「リノベーション費用」だろう。そして、事業者等が購入する場合には「不動産取得税」がかかる。その他「登記料」や金融機関から事業資金を借りている場合にはその「手数料」や「金利」そして、販売してくれる仲介会社への仲介手数料も計上される。これらの経費を支払った上に、その不動産会社の儲けである利益が乗っかり販売価格となる。

これらの経費等を杉田さんの目線で考えてみたい。

「リノベーション費用」はどちらにしても必要だが、それ以外の費用はどうだろうか? 杉田さんが負担する必要のないお金だ。

杉田さんは、この物件を半年前に4700万円で買うことは可能だった。

この金額が下取り価格だからより安くなったのだとしても、少なくともその直前に提示されていた価格である4800万円で買うことはできた。

もしこの金額で購入できたとすれば、恐らくこのケースのリノベーション費用は500万円ほどであることから、総額5300万円で手に入れることができたということだ。実に、その差は1000万円。

もちろん、例えば忙しくてリノベショーンの打ち合わせに時間を割けない人などにとっては、金額が多少高くなったとしても出来上がっている状態の物件を購入するメリットはあるかもしれない。しかし、それにしてもこの金額の差を納得することは難しいのではないだろうか。

一つのストーリーにならない理由

この事実を知れば、多くの人は「リノベ済み物件」にならない「前の段階の物件」を購入して、自分でリノベーションしたほうが得だと気づくだろう。そのほうが金銭的なメリットがあるだけではなく、より自分らしい間取りや内装を選ぶことだってできる。

ここで、中古住宅を購入してリノベーションを行う場合のハードルに触れておきたい。
まず、ほとんどの不動産会社はリノベーションを自社ではできない。特に500万円以上のリフォーム工事は建設業免許が必要となるため、社内にそうした有資格者等がいないと難しい。従って、その場合は不動産会社が買い手にリフォーム・リノベーション会社を紹介することになる。

ところが、「不動産業界」と「リフォーム・リノベーション業界」はあまり仲が良くない。昨今、中古住宅流通量が増えている中で、国としてもこの2つの業界の連携を模索してきたが、現時点ではそれは実現していないというのが筆者の判断だ。

不動産会社は家を購入してもらい、仲介手数料をもらうことがゴールであり、そのあとのリノベーションに関わるメリットもない。また、リノベーション会社は工事することが目的でありゴールだ。

しかしながら、購入者に取ってみればこの2つの流れは一連のストーリーであり、総合的なアドバイスが欲しい。

もちろん、不動産会社の営業マンも経験上、このくらい汚れている物件ならだいたい400万円くらいリノベーション費用がかかるだろうといった費用感は把握している。ただ、買い手にこうした金額は伝えられても、暮らしのイメージまでは提供しないことが多い。したがって、購入者は「家探し」をしてくる会社と、それを「リノベーション」してくれる会社の2つを探すことを強いられている。

そんな中「さがつく」というサイトでは「さがして」「つくる」というコンセプトの通り、購入できる中古住宅の情報だけではなく、掲載される物件の一つ一つにリノベーションプランと見積もりが掲載されており、一つのストーリーとして取引ができることから、コロナ禍における会員登録者数が4倍になっている。

業者選びの重要性

不動産取引における日本の情報公開レベルは欧米に比べて著しく低い。不動産業界と消費者との「情報格差」に乗じて、これまで不動産会社が利益を得て、消費者が不利益を被るという実態が長らく存在した。

しかし、不動産業界でもようやくネット社会に適応した情報開示が進んできた。

杉田さんのような例は、これまでであれば消費者に知らされなかっただろう。もちろん、このケースも購入の仕方の一つであり、誰かが悪いことをしているわけではない。ただ、選択するための情報が足りていなかった。もし、知っていたらそうしなかった…そうならないために参考にして頂きたい。

日本は「人口減少」「空き家問題」等もあり、2000年代に入り新築分譲住宅は4割近く供給が減り、特に首都圏の新築マンション至っては7割近くも供給が減るなど、住宅購入者の8割が中古住宅を選択する欧米のような世界が近づいている。

今後、更に中古住宅の取引が増えていく中で、唯一追いついていないのが不動産会社の建物に関する知識やコンサル能力だ。

今回紹介したケースや、リノベーション提案の欠如という中古住宅取引の重要な要素については、まだ不動産取引の現場の能力が足りていない。

これまでの不動産取引では、物件等の「情報力」が優先されてきたが、これからはどの会社に、どの人に任せるかという「業者選び」が最重要になっていくと考えるべきだろう。